リプロ・ニュース No.11(2025年11月発行)
- Kumi Tsukahara
- 11月11日
- 読了時間: 11分
一般社団法人RHRリテラシー研究所
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1.緊急避妊薬のOTC化がついに実現
2.少子化対策を「出生促進」から「選択の保障」へ――SRHR原則に基づく政策転換を求めて
3.国際:米国・トランプ政権の中絶規制が加速
4.あなたの選択を尊重する社会へ――朝日新聞『私の視点』掲載
5.性教育の“はどめ規定”——なぜ残り続けるのか?
6.「わたしの体は母体じゃない」訴訟 国はなお沈黙、次回公判は12月へ
7.お知らせ:一般社団法人RHRリテラシー研究所設立
8. ボランティア・スタッフ随時募集中!
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1.緊急避妊薬のOTC化がついに実現 ◇◆◇ ────
長年の市民運動と専門家の働きかけの末、ついに日本でも緊急避妊薬(レボノルゲストレル錠1.5mg)のスイッチOTC化が決定しました。2025年8月29日、厚生労働省の薬事審議会「要指導・一般用医薬品部会」が、処方箋なしでの販売を了承。これにより、医師の診察を受けなくても、研修を受けた薬剤師が常駐する薬局で購入できるようになります。
販売に際しては、薬剤師による対面販売と「面前服用」(薬局内で服用する)が義務づけられ、年齢制限や保護者の同意は不要とされました。また、使用後3週間をめどに妊娠の有無を確認するよう勧められています。販売薬局には、研修修了薬剤師の配置、地域の産婦人科や支援機関との連携体制、プライバシーに配慮した相談環境の整備が求められます。
今回の決定は、日本のリプロダクティブ・ヘルス&ライツの歴史において大きな前進です。望まない妊娠を防ぐために「時間との闘い」であったアクセスの壁が、ようやく一部取り払われます。一方で、面前服用という運用や販売体制の地域格差、価格・在庫・夜間対応など、課題は少なくありません。
あすか製薬は10月20日に製造販売承認を取得し、第一三共ヘルスケアが販売を担当します。販売開始時期は今後公表される予定です。厚労省は販売薬局や薬剤師の一覧をウェブで公表し、利用者が安心してアクセスできる体制を整える方針を示しています。
「緊急避妊薬をすぐに買える」ことが、誰にとっても当たり前になる日がようやく見えてきました。けれども、この一歩を本当の意味での「リプロの権利の保障」に結びつけるためには、情報と教育、そして地域の支援ネットワークが欠かせません。制度ができた今こそ、社会が問われています。
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2.少子化対策を「出生促進」から「選択の保障」へ――SRHR原則に基づく政策転換を求めて ◇◆◇────
厚生労働省が6月に発表した人口動態統計によると、2024年の出生数は68万6,061人、合計特殊出生率は1.15。ついに出生数が70万人を割り込み、日本の人口減少はかつてない速度で進行している。それでも政府の対策は、依然として「出産を増やす」ことに焦点を当てた経済支援やインセンティブ中心だ。
RHRリテラシー研究所が9月に厚労省へ提出した政策提言は、国連人口基金(UNFPA)の最新報告書『世界人口白書2025』の分析を踏まえ、少子化の本質を「人口減少」ではなく「選択の危機(Crisis of Choice)」と位置づける。人々が子どもを「持たない」のではなく、「持ちたくても持てない」――経済的不安、ジェンダー不平等、そしてリプロダクティブ・エージェンシー(生殖に関する意思決定能力)の欠如こそが、真の問題だという。
提言は、包括的性教育の義務化、母体保護法の配偶者同意要件撤廃、避妊・中絶アクセスの改善、予防医療への継続的支援、ジェンダー平等の法的推進など、SRHR(性と生殖に関する健康と権利)を政策の基盤に据えることを求めている。
国際的には、出生率の安定は「人口政策」ではなく「ジェンダー平等政策」によって実現している。日本が真に持続可能な社会を築くためには、「人口目標」ではなく「個人の選択を支える環境」へと政策の軸を転換する必要がある。少子化対策の新しい指標は、出生数ではなく――一人ひとりの自由と尊厳の実現度で測られるべきだ。
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3.国際:米国・トランプ政権の中絶規制が加速 ◇◆◇────
■ 「中絶薬戦争」ふたたび
トランプ政権の復帰により、米国では中絶をめぐる権利の後退が再び現実のものとなっている。Guttmacher Instituteが10月に公表した報告書「The War on Mifepristone」は、中絶薬ミフェプリストンに対する政治的・司法的攻撃を「虚偽の科学と誤情報による作られた危機」と批判した。
■ 科学よりイデオロギー
報告書によれば、反中絶団体は「薬の危険性」や「女性の精神的被害」といった根拠の薄い主張を拡散し、裁判所や議会で規制強化を正当化している。連邦レベルでは中絶関連の補助金削減が進み、FDA(食品医薬品局)の承認権限を政治的に制約する動きも出ている。州ごとに見ると、テキサスなどが流通制限を強化する一方、カリフォルニアやニューヨークは「中絶薬アクセス保護法」を制定し、対抗姿勢を鮮明にしている。
■ 国際社会の反応
国連女性機関(UN Women)と世界保健機関(WHO)は共同声明で、「科学的根拠に基づく安全な中絶薬へのアクセスは基本的人権の一部」と明言。政治的理由による供給制限を「女性の生命と健康を危険にさらす行為」として強く非難した。欧州連合や国際人権団体も、米国の動きが他国の政策に悪影響を及ぼすことを懸念している。
■ 私たちの視点
中絶薬を標的にする一連の政策は、医学の問題ではなく、女性の身体を再び国家や宗教の統制下に置こうとする政治的介入である。科学的事実をねじ曲げ、女性の自己決定権を脅かす言説は、米国だけでなく世界各地で勢いを増している。リプロダクティブ・ライツを守る闘いは、いまや国境を超えた課題だ。日本もまた、他国の後退を他人事として見過ごすことはできない。
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4.あなたの選択を尊重する社会へ――朝日新聞『私の視点』掲載 ◇◆◇────
9月に厚生労働省へ提出した政策提言「UNFPA世界人口白書に基づく日本の少子化対策とSRHR原則に基づく政策提言」を受け、朝日新聞オピニオン欄の編集部から寄稿依頼をいただきました。
11月7日付朝日新聞「私の視点」欄に、塚原久美代表のコラム「産む選択の自由 広げて」が掲載されました。 本稿では、出生率の低下を「危機」として人口目標で語る従来の発想を見直し、「出産を促す」政策から「選択を支える」社会へと転換する必要を訴えています。
塚原代表は、UNFPA(国連人口基金)の最新報告書が示す「真の危機は人口減少ではなく、選択の不自由にある」という国際的視点を紹介し、日本ではいまだに性教育や避妊アクセスの制約が個人の人生設計を妨げている現状を指摘しました。
「少子化は“産まない自由”の問題ではなく、“産めない社会”の問題である」。 この言葉は、政策提言の中核でもある「リプロダクティブ・エージェンシー(生殖に関する自己決定権)」の重要性を社会に広く伝えるものでした。
記事全文は、朝日新聞デジタル版にも掲載されています。 今後もRHRリテラシー研究所では、政策・教育・啓発の各分野で、SRHRの原則に基づく社会的対話を広げていきます。
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5.性教育の“はどめ規定”──なぜ残り続けるのか? ◇◆◇────
10月上旬、文部科学省の有識者会議が次期学習指導要領の改訂に向けた議論を始めた。ところが、毎日新聞の報道によれば、性教育の「はどめ規定」については言及がなかったという。この「言及なし」は、文言が今後も維持される可能性が高いことを意味している。
“はどめ規定”とは、現行の学習指導要領解説(保健体育)に記載された
「児童・生徒の発達段階を踏まえ、性的な行為そのものに立ち入った指導は適切でない」
という一文を指す。 この文言は長年、学校現場での性教育の実践を萎縮させ、避妊や中絶、性的同意、性的多様性といった実践的なテーマを扱えない理由として機能してきた。現場の教員が「どこまで教えてよいのか」と戸惑う要因でもあり、結果として、生徒が最も必要とする知識が欠落したまま卒業していく構造を生み出している。
国連やユネスコは、包括的性教育(CSE: Comprehensive Sexuality Education)を子どもの権利の一部として位置づけ、「科学的根拠に基づく、年齢に応じた内容の提供」を各国に求めている。だが日本では、依然として「性に関する教育=慎重にすべきこと」という固定観念が根強い。
「はどめ規定」に言及がなかったという事実は、改定が見送られたことを意味するだけでなく、性教育が依然として政治的・社会的な“地雷原”として扱われている現状を示している。 性的同意も避妊も、個人の安全と健康を守るための基礎知識にすぎない。必要な教育を「教えすぎ」と呼ぶ社会のほうが、子どもたちにとって危ういのではないか——。
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6.「わたしの体は母体じゃない」訴訟 国はなお沈黙、次回公判は12月へ◇◆◇────
任意の不妊手術を認めるよう国を訴えた「わたしの体は母体じゃない」訴訟は、10月9日、東京地裁で第6回口頭弁論が開かれた。焦点は、母体保護法第3条が定める「配偶者同意」要件が、憲法13条・24条で保障される個人の尊厳と自己決定権を侵害しているかどうかにある。
原告側は、国が8月に提出した準備書面で実質的な反論を避け、「制度の運用上の課題にすぎない」とする立場を示したことに強く抗議。法の構造そのものが女性の身体を「国家と家族の資源」とみなしてきた歴史的遺産であると指摘し、根本的な法改正を求めた。国側は「現行法の目的は母体保護であり、憲法違反ではない」との従来の主張を繰り返し、実質的な論点には踏み込まなかった。
裁判後に行われた報告会では、支援者から「この法を変えなければ、女性は永遠に“母体”のままにされる」との声が上がった。SNS上では、#わたしの体は母体じゃない のハッシュタグを通じて、若い世代からも共感と応援のメッセージが寄せられている。
次回期日は以下の通り。
・日時:12月24日(水) 13:40~13:45(予定) ・場所:東京地裁803号法廷
被告が、原告準備書面(8)に対する反論をする予定である。
※特段の事情がなければこの日に結審となり、その次が判決期日となる。
期日後、地裁1階のエントランスロビーにて簡易な報告会が予定されている。
この訴訟は、日本で初めて「生殖に関する自己決定権」を正面から問う裁判であり、母体保護法の根幹にあるジェンダー規範を可視化する試みでもある。 これは過去の問題ではない。今も続く、私たち一人ひとりに関わる課題として、今後も注目していきたい。
詳細はCall4の特設サイトへ。
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7.お知らせ:一般社団法人RHRリテラシー研究所設立 ◇◆◇────
2025年10月9日、任意団体として活動してきたRHRリテラシー研究所は、一般社団法人として新たにスタートしました。名称は「一般社団法人RHRリテラシー研究所(通称:リプロ研)」、代表理事は塚原久美です。
中絶をめぐる制度がいまだ十分に変わらないなかで、現場からリプロの環境を変えるために、法人化という形を選びました。最大の目的は、中絶ケアに携わる医療従事者を対象とした研修事業の実現です。来年2月には、国立大学の助産学教室と協働し、日本初の医療者向けVCAT(価値観明確化・行動変容)のパイロット研修を実施する予定です。
さらに、一般向けのオンライン講座の開催や、中絶カウンセリングの実践書・中絶問題の理論書の出版も進めています。社会が逆風の中にある今こそ、知識と理解を力に変えていく時期です。活動への参加や協力を希望される方は、ぜひご連絡ください。一緒にリプロの未来をつくっていきましょう。
法人設立の経緯と今後の展望については、noteにまとめています。 👉 https://note.com/gentle_zebra3247/n/ne4a4b1015b1c
これまでの「リプロ・ニュース」バックナンバー(No.1~No.10)は、当研究所ホームページで公開しています。
活動の歩みと国内外のリプロ関連の記録として、ぜひご覧ください。 🔗 https://www.rhr-literacy-lab.net
今後は、有料会員制ニュースレターとしての運用を検討しています。 ご支援・ご寄付の受付体制については、次号で改めてご案内します。
これからも「リプロ・ニュース」を通じて、性と生殖に関する健康と権利(SRHR)をめぐる最新情報をお届けしていきます。 どうぞ今後ともご関心をお寄せいただき、お知り合いやご同僚の方にもぜひ広めてください。 一人ひとりの関心と対話が、この社会を少しずつ変えていく力になります。
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〒920-0852
石川県金沢市此花町5-6ライフ金沢第1ビル601A
一般社団法人RHRリテラシー研究所
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8.ボランティア・スタッフ随時募集中! ◇◆◇────
法人化後のRHRリテラシー研究所では、これまで通りボランティア・スタッフを随時募集しています。 リプロに関する情報発信やイベント運営など、多くの活動を進めていますが、人手が全く足りていません。関心のある方はぜひご協力ください!
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編集後記
この数か月、日本でも世界でも、リプロをめぐる情勢が大きく動きました。緊急避妊薬のOTC化決定、米国の中絶薬規制強化、そして「わたしの体は母体じゃない」訴訟の進展――どの出来事も、私たちの社会が「身体の自己決定」をどう扱うかを問うものです。
10月には、任意団体として活動してきたRHRリテラシー研究所を法人化しました。制度が変わらなくても現場は変えられる、そう信じての一歩です。これからは医療従事者向け研修や一般向け講座など、より実践的な活動を進めていきます。
リプロの課題は、誰か一人の問題ではありません。知ること、語ること、伝えることが、変化の出発点です。ニュースを読んで心に引っかかることがあったら、どうか周りの誰かに話してみてください。それが次の一歩につながります。
ここまで読んでくださった皆さまに、心からの感謝を。これからも一緒に、リプロの権利を「現実の力」にしていきましょう。 (K)
©一般社団法人RHRリテラシー研究所 2025




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