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問題提起:「リプロダクティブ・ヘルス&ライツ」の国際的到達点と日本の現状

リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(性と生殖の健康と権利、以下、RHRと略す)という概念が国際社会に登場したのは、一九九四年にエジプトのカイロで開かれた国際人口開発会議のカイロ宣言と行動計画の中だった。RHRとは性と生殖にまつわる自己決定権(自由権)と、性と生殖にまつわるヘルスケアを受ける権利(社会権)の人権の二つの側面を保障することを通じて、最高水準の性と生殖にまつわる健康を享受する権利(健康権)を満たすことを意味している。


この三つの権利は翌一九九五年に北京で開かれた第四回世界女性会議でも女性にとってとりわけ重要だとされ、北京宣言と行動綱領の中でも再確認された。


カイロ会議と北京会議は国際社会のRHRのスタート地点になったのだが、実のところこの2つの会議ではカトリックの総本山であるバチカン市国とイスラム圏の国々の反発が非常に強かったために、様々な妥協が行われた。たとえば北京行動綱領の中では、女性が中絶を選ぶ権利については明記できなかったばかりか、「いかなる場合も中絶を家族計画の手段として奨励すべきでない」とか、「望まない妊娠の防止を常に最優先課題とし、中絶の必要性をなくすためにあらゆる努力がなされなければならない」など、明らかに中絶を敬遠する内容が書き込まれることになった。


カイロ会議も北京会議も五年ごとにフォローアップ会議が開かれてきた。しかし、会議のたびにバチカンとイスラムが激しく反発してくるために、性と生殖の権利や女性の中絶の権利についてはなかなか進展が見られなかった。


ところが北京会議の15年後、3回目のフォローアップ会議「北京+15」が開かれた2010年に、ついに事態を大きく進展させる変化が生じた。


まずこの年、国連機関でジェンダー平等と女性の地位向上を専門に扱うUN Womenが設置された。それと共に、女性差別的な法律の撤廃に関するベスト・プラクティスの大要の作成等を目的とした「法と実践における女性差別の問題に関するワーキング・グループ」も組織され、2012年から2019年に渡って毎年、人権理事会に年次報告書が提出されることになった。


このワーキング・グループはモロッコ、中国、アメリカ、ポーランドなど十数ヵ国の調査も行い、各国の具体的な改善策を探るのと同時に、共通課題も洗い出した。


たとえば2015年の報告書では「文化や家族内での女性差別」の課題を取り上げている。2016年の報告書では「国家が女性の健康権を保障する」ことは重要だとして、中絶を犯罪化している法律は性と生殖に関する健康に関して平等な権利の実現を妨げると論じ、国家にはかかる法律を撤廃する義務があるとした。


さらに、同じ2016年の経済的、社会的、文化的権利委員会も一般勧告第22号において、健康権で保障されるべき性と生殖のヘルスケアには安全な中絶が含まれるとしてその保障を求め、中絶を犯罪化している法律を国家は撤廃すべきだと指摘した。


つまりここに来て、社会権規約の中に安全な中絶サービスを違法としてはならないことや、それらのサービスに関する情報や手段を得られる権利が初めて明記されたのである。


同年の子どもの権利委員会も、一般勧告第20号において、少女が安全な中絶および中絶後のサービスを利用できるよう、中絶を非犯罪化することを国家に求めた。


このように2016年に、にわかに女性と少女の中絶の権利を確保することが課題として前面に押し出されたのだ。ところが、真っ向からこれに対抗するかのように、中絶に反対する国々は、家庭の重要性や家族の独立性の原則に関する決議を相次いで提案してきた。


2017年3月にはアルジェリア、キューバ、北朝鮮、エクアドル、ニカラグア、ベネズエラの提案で、「すべての人の文化的権利の享受と文化的多様性の促進」が国連総会で決議された。文化的差異の尊重という名目で、胎児生命を尊重する中絶政策など、自国の方針に対する「不介入」を求めてきたのである。


これに対して翌年のワーキング・グループは、さらに一歩踏み込む反論をした。まず報告書の中で、「女性と胎児という2つの主体の権利」を対抗的に描く見方そのものを否定し、「国際人権法で認められている人権は生まれた後の人間に対して与えられるものである」ことを再確認した。その上で、「受精の瞬間に人格が始まると信じる者は、自分の信念に従って行動する自由を有するが、自分の信念を法制度を通じて他人に押し付けることはできない」との考えも示したのであった。


さらに翌2019年の人権評議会は自由権規約の一般勧告第36号において、「女性や少女の安全な中絶へのアクセスに障壁がある場合はそれを撤廃し、新たに障壁を築いてはならない」との見解を示した。つまり、自由権規約の具体的内容として、中絶に関する自己決定権を明記したのである。


このように過去数年間に、女性と少女の人権としての中絶の権利が人権規約の社会権と自由権に明白に追記されるようになっている。


日本では、男女共同参画基本計画の中に「リプロダクティブ・ヘルス/ライツは重要」とただ書いているだけで、RHRについては対策も議論もほぼ皆無だったのが実態である。


昨年、他の先進国に30年ほど遅れて、ようやく日本にも中絶薬の承認申請が行われる運びになった。にわかに“リプロ”への関心も高まっているようだが、政府は未だに「胎児生命」を理由に女性の権利を拒んでいる。


しかし、中絶薬は早期に用いればまだ「胎児」にならないうちに妊娠を終わらせられる可能性を開いた。まさに今、科学的エビデンスに基づいて、女性の人権を尊重していく時が来ている。



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