220226 札幌高等裁判所 民事部提出 塚原久美意見書

意見の骨子


 本意見書では、「リプロダクティブ・ライツ」が「リプロダクティブ・ヘルス」とともに理解され、明確な権利として位置づけられるべき概念であることを明確にする。そのうえで、旧優生保護法による強制不妊手術の被害について国が十分な謝罪や救済を行っていないことから、控訴人である小島喜久夫氏(以下「控訴人」という。)は今現在も、性と生殖に関する身体的・精神的・社会的な健康(「リプロダクティブ・ヘルス」という)と、そうした健康の享受を保障する「リプロダクティブ・ライツ」を侵害され続けていることを明らかにする。


意見の理由


第1 リプロダクティブ・ヘルス&ライツとは

1 仙台地裁における認定

 仙台地裁は、令和元年5月28日判決中で「リプロダクティブ権」ならびに「いわゆるリプロダクティブ・ライツという概念」について、次のような認識を示した。

「リプロダクティブ権は、子を産み育てることを希望する者にとって幸福の源泉となりうることなどに鑑みると、人格的生存の根源に関わるものであり、憲法上保障される個人の基本的権利である(判決21頁)。」

「いわゆるリプロダクティブ・ライツという概念は、性と生殖に関する権利をいうものとして国際的には広く普及しつつあるものの、我が国においてはリプロダクティブ権をめぐる法的議論の蓄積が少なく、本件規定及び本件立法不作為につき憲法違反の問題が生ずるとの司法判断が今までされてこなかったことが認められる(判決22頁)。」

 上記に関して、判例タイムズ No.1461 2019年8月号155頁では次のように解説されている。


「2-(1)子を産み育てるかどうかを意思決定する権利(リプロダクティブ権)は、いわゆる自己決定権の一類型であると位置付けられる。自己決定権については、最三判平12・2・29民集54巻2号582頁、判タ1031号158頁(以下「最高裁平成10年判決」という。)が、輸血を伴う医療行為を受けるか否かについて意思決定をする権利は、人格権の一内容として尊重されなければならないとして、上記権利を正面から認めている。本判決は、その表現振りからすると、最高裁平成10年判決が説示するところをふまえ、リプロダクティブ権についても、子を産み育てることを希望する者にとって幸福の源泉となりうることなどに鑑み、人格的生存に関わるものとして人格権の一内容を構成する権利であると判断したものと考えられる。

 そして、本判決は、旧優生保護法が子を産み育てる意思を有していたものにとってその幸福の可能性を一方的に(暴力的に)奪い去り、個人の尊厳を踏みにじるものであって、旧優生保護法の規定に合理性があるというのは困難であるとして、旧優生保護法の規定が憲法13条に違反し無効であると正面から判断するとともに本件優生手術がリプロダクティブ権を違法に侵害する行為であると認定している。……中略……本判決は、争点1を判断するために、リプロダクティブ権侵害の成否及びその前提問題となる旧優生保護法の違憲性についても判断したものと思われる。」

 このように仙台地裁判決はリプロダクティブ・ライツを自己決定権の一類型として、旧優生保護法の規定が憲法13条違反であると認定した。だが、これだけでは旧優生保護法の規定によって強制不妊手術を受けた被害者たちのリプロダクティブ・ライツの侵害の一側面しか把捉できていない。

2 リプロダクティブ・ライツが権利として認められるようになった経緯とこれがリプロダクティブ・ヘルスとともに理解されるべき概念であること

 以下では、リプロダクティブ・ライツは、より広範な権利を網羅したものであり、またリプロダクティブ・ヘルスと共に検討対象にすべき概念でもあることを明らかにする。 

仙台地裁判決で定義されたような意味での性と生殖に関する自己決定権としての「リプロダクティブ権」の萌芽は、すでに1974年の第3回世界人口会議(開催地はルーマニアのブカレスト)に見ることができる。世界的な人口問題への関心の高まりにより、国連主催で地球規模での人口問題が初めて話し合われたこの会議では、人口問題を解決するためには人権尊重が重要であるとの認識が共有され、採択された「世界人口行動計画(WPPA)」[1]の「B.本計画の原則と目的」のパラグラフには、「14-(f)カップルと個人が子どもの数と間隔を自分たちで決定する権利と、その決定を実現するための手段を得る権利」という理念が盛り込まれた(10頁)。その10年後の1984年にメキシコで開かれた第4回国際人口会議でも、産む子どもの数と間隔は当事者であるカップルと個人に任せるべきであること等が再確認された[2]。つまり、性と生殖(リプロダクション)に関する「カップルと個人」の自己決定権は、国連レベルでは47年前にすでに認められていたのである。

 これらの国際的な人口会議においてさらにリプロダクション(性と生殖)をめぐる権利について、幅広く議論し、検討された結果、1994年にエジプトのカイロで開かれた国際人口開発会議(以下、「カイロ会議」とする)では、人権としてのリプロダクティブ・ヘルスとリプロダクティブ・ライツという二つの概念が登場し、国際文書の中に初めて書き込まれ、詳細に定義された。以下、カイロ会議で採択された行動計画[3](以下、「カイロ行動計画」とする)に示された関連部分を提示する。(原文は英語であり、以下すべて筆者の仮訳である。)

 カイロ行動計画の第7章では、リプロダクティブ・ヘルスとリプロダクティブ・ライツは、それぞれ次のように詳細に定義されている。


「7.2 リプロダクティブ・ヘルスとは、生殖システムおよびその機能とプロセスに関連するすべての事項において、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることであり、単に病気や不調がないことではない。したがって、リプロダクティブ・ヘルスとは、人々が満足のいく安全な性生活を送ることができ、生殖能力を持ち、いつ、どれくらいの頻度で生殖を行うかを決定する自由があることを意味する。この最後の条件に含まれているのは、男女が情報を得て、安全で、効果的で、手頃で、受け入れ可能な家族計画の方法や、法律に違反しない出生調整のためのその他の選択した方法を利用する権利と、女性が妊娠・出産を安全に行うことができ、夫婦が健康な乳児を得るための最良の機会を提供する適切な医療サービスを受ける権利である。上記のリプロダクティブ・ヘルスの定義に沿って、リプロダクティブ・ヘルス・ケアは、リプロダクティブ・ヘルスの問題を予防・解決することにより、リプロダクティブ・ヘルスとウェルビーイングに貢献する方法・技術・サービスの集合体と定義されている。また、単に生殖や性感染症に関するカウンセリングやケアだけでなく、人生や個人的な関係の向上を目的とした性的健康も含まれる。」


「7.3 上記の定義を念頭に置き、リプロダクティブ・ライツは、国内法、国際人権文書およびその他のコンセンサス文書において既に認識されてきた特定の人権を含む。これらの権利は、すべての夫婦および個人が、子どもの数、間隔、時期を自由かつ責任を持って決定し、そのための情報と手段を得るという基本的な権利と、最高水準の性と生殖に関する健康を得る権利を認識することにある。この権利には、人権文書に示されているように、差別、強制、暴力を受けることなく生殖に関する決定を行う権利も含まれている。この権利を行使する際には、生きている子どもや将来の子どもの必要性や、地域社会に対する責任を考慮しなければならない。すべての人々がこれらの権利を責任を持って行使できるように促進することが、家族計画を含むリプロダクティブ・ヘルスの分野における政府および地域社会が支援する政策およびプログラムの基本的な基盤となるべきである。その一環として、相互に尊重し合う公平なジェンダー関係の促進、特に思春期の子どもたちが自らの性に前向きに責任を持って取り組めるようにするための教育やサービスのニーズに応えることに十分な注意を払うべきである。世界の多くの人々は、人間の性に関する知識が不十分であること、リプロダクティブ・ヘルスに関する情報やサービスが不適切または質が悪いこと、リスクの高い性行動が多いこと、差別的な社会慣習があること、女性や少女に対する否定的な態度があること、女性や少女の多くが自分の性生活や生殖生活に対して限られた力しか持っていないことなどの要因により、リプロダクティブ・ヘルスを得られないでいる。思春期の女性は、ほとんどの国で情報や関連サービスへのアクセスが不足しているため、特に脆弱である。高齢の女性と男性は、生殖と性に関する健康問題を抱えている。が、十分な対応がなされていないことが多い。」


 リプロダクティブ・ヘルスとリプロダクティブ・ライツという二つの概念は、相補的で不可分であるため併記されることが多く、共通している「リプロダクティブ」という形容詞の一方を省略して「リプロダクティブ・ヘルス・アンド・ライツ(reproductive health and rights)」と併記されることがよくある。ちなみに、日本でしばしば使われている「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」という標記は誤りである。「/」は「又は」を意味する記号であるため、この記号でヘルスとライツを結ぶと「リプロダクティブ・ヘルス」と「リプロダクティブ・ライツ」が単なる言い換えであるか、もしくはどちらか一方が充足されればよいと誤解されてしまうことになりかねない。そこで本稿では、この二つの概念を併記する場合には「リプロダクティブ・ヘルス&ライツ」と表現することにする。


3 リプロダクティブ・ヘルス&ライツの3つの要素

 カイロ会議は、従来の「マクロ」の視点に立っていた人口問題を「ミクロ」の視点に転換することで人口政策に「パラダイムシフト」をもたらした画期的な会議 であった。この会議では、「トップダウン」で数としての人口問題に対処しようとしてきた従来のやり方を改め、一人ひとりの「人権」の観点から教育や生活の質を改善していく「開発」を通じて人口問題を克服していく「ボトムアップ」の方式を採用したのである。つまりこの時、「リプロダクティブ・ライツ」はすべての国が対処すべきすべての人々の権利――すなわち「人権」の問題として位置付けられたのである。

 上記7.3の冒頭で、「リプロダクティブ・ライツ」は、「すべての夫婦および個人が、子どもの数、間隔、時期を自由かつ責任を持って決定し、そのための情報と手段を得るという基本的な権利と、最高水準の性と生殖に関する健康を得る権利を認識すること」として説明されている。

 ここには具体的に3つの権利が示されている。1つ目は、「子どもを産むか、産まないか、産むとしたらいつ、どのような間隔で産むかを自分で決定する権利」、すなわち生殖に関する自己決定権である。これまでの仙台地裁等の判決が認定した「リプロダクティブ権」はこの自己決定権の側面のみをとらえている。

しかし、2つ目の「性と生殖に関する情報とサービスにアクセスできる権利」と3つ目の「最高水準の性と生殖に関する健康を最大限享受する権利」は、仙台地裁等の判決が認めてきた「リプロダクティブ権」の射程から抜け落ちている。

 2つ目の「性と生殖に関する情報とサービスにアクセスできる権利」は人権規約でいえば「社会権」にあたり、国は個人が自己決定した内容を実現できるように情報とサービスを提供する義務を負う。そして、3つ目の「最高水準の性と生殖に関する健康を最大限享受する権利」はいわゆる「健康権」[4]であり、人格権、平等権、生存権などを網羅した広い概念である。

 日本弁護士連合会は、昭和55年11月8日の「『健康権』の確立に関する宣言」[5]において次のように定義している。「健康に生きる権利(健康権)は、憲法の基本的人権に由来し、すべての国民に等しく全面的に保障され、なにびともこれを侵害することができないものであり、本来、国・地方公共団体、さらには医師・医療機関等に対し積極的にその保障を主張することのできる権利である」。さらに健康権の確立が必要な理由として次のように述べている(一部引用)。


「1.憲法は、すべて国民は個人として尊重され、生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、立法その他国政の上で、最大の尊重を必要とし(十三条)、全て(ママ)国民は法の下に平等であって、人権、信条、性別、社会的身分又は持ちにより、政治的、経済的又は社会的関係において差別されず(十四条)、すべての国民に対し健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障し、国はすべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない(二十五条)旨を規定している。これらの条項は、生存権の重要な部分をしめる医療と人権に関する憲法の基本的な考え方を明らかにするものである。」


 先の仙台地裁等の従来の判決において「リプロダクティブ権」を憲法13条の幸福追求権に関する人権侵害のみがあったと認定したのは、権利の性格を十分にとらえきれていないという意味で、適切ではない。「リプロダクティブ・ライツ」の権利性を明示する以上は、憲法13条のみならず、少なくとも憲法14条の差別されない権利や憲法25条の生存権に関する権利侵害についても検討・評価する必要がある。

 では、「健康」はどのように捉えればよいだろうか。WHO(世界保健機関)は1948年憲章において、「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること(日本WHO協会訳)」と定義している。さらに、WHOは、「到達可能な最高水準の健康を享受することは、すべての人間の基本的権利のひとつ」であるとも明言し、政治的信条、経済的条件、社会的条件による差別を禁止している[6]

 さらに、国連経済社会理事会は、2016年「性と生殖に関する健康に対する権利(経済的、社会的及び文化的権利に関する国連規約第12条)に関する一般的意見第22」を出している。その中で、「性と生殖に関する健康は、WHОが定義する『健康の社会的な決定要因(social determinants of health)』にも強く影響される。どの国でも、性と生殖に関する健康の有り様には、一般的に、ジェンダー、民族的出自、年齢、障害及びその他の要因に基づく社会的不平等や権力の不平等な分配が反映されている。貧困、所得格差、及び当委員会が明示した根拠に基づく構造的差別・疎外は、いずれも性と生殖に関する健康の社会的決定要因であり、これは他の様々な権利の享受にも影響を与える。こうした社会的要因(これらは、法律や政策で明示されていることが多い。)の本質は、個人が自分の性と生殖に関する健康について行使しうる選択権を制限する。したがって、締約国は、性と生殖の健康に関する権利を実現するため、法律、制度的取り決め及び社会的慣行に明白に表れている、個人の性と生殖に関する健康の実効的な享受を阻害する社会的要因に対処しなければならない。」[7]と指摘し、国がとるべき義務を明記していることを、重視すべきである。


第2 控訴人への強制不妊手術が国際法上、「拷問」にあたること

1 社会権規約の一般的意見

 国連「経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会」は社会権規約に関する一般的意見第14 (2000) 「到達可能な最高水準の健康に対する権利」(規約12条) (E/C.12/2000/4)[8]において、以下の通り、健康権を位置付け、その中には性と生殖に関する自由が含まれることと共に「拷問、同意のない医療」からの自由もあると明記している。


「I.第12条の規範内容

7.第12条1項は健康に対する権利を定義し、第12条2項は、締約国の義務を例示的に、網羅的でないかたちで挙げている。

8.健康に対する権利は、健康である権利 (a right to be healthy)と理解されるべきではない。健康に対する権利は、自由と権利 (entitlements)の両方を含んでいる。自由には、自らの健康と身体を管理する権利(性と生殖に関する自由(sexual and reproductive freedom)を含む)、並びに、拷問、同意のない医療及び実験を受けない自由のような、干渉からの自由を含む。 これに対し、権利には、人々が到達可能な最高水準の健康を享受するために平等な機会を与える健康保護の制度に対する権利を含む。」


 控訴人が、その意思に反して侵襲的な強制不妊手術を行われたことは、従来判決で明らかにされてきた通り自己決定権すなわち憲法13条で保障されるべき幸福追求権の侵害であり、上記社会権規約一般的意見で示されている「自由」の侵害にあたる。

だがそれだけではない。控訴人の場合は、そもそも旧優生保護法の強制不妊手術の対象ではなかった。診断も受けないまま、「精神分裂症」であると虚偽の内容で強制入院させられたうえに、強制不妊手術が行われたのである。


2 拷問禁止条約

 日本も締結している拷問及び他の残虐な非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約(以下「拷問禁止条約」とする)の第一条では以下のように定めている。


第一条

 この条約の適用上、「拷問」とは、身体的なものであるか精神的なものであるかを問わず人に重い苦痛を故意に与える行為であって、本人若しくは第三者から情報若しくは自白を得ること、本人若しくは第三者が行ったか若しくはその疑いがある行為について本人を罰すること、本人若しくは第三者を脅迫し若しくは強要することその他これらに類することを目的として又は何らかの差別に基づく理由によって、かつ、公務員その他の公的資格で行動する者により又はその扇動により若しくはその同意若しくは黙認の下に行われるものをいう。  

「拷問」には、合法的な制裁の限りで苦痛が生ずること又は合法的な制裁に固有の若しくは付随する苦痛を与えることを含まない。

 1の規定は、適用範囲が一層広い規定を含んでおり又は含むことのある国際文書又は国内法令に影響を及ぼすものではない。


 上記に照らすと、控訴人に対する強制不妊手術は、国が控訴人を子孫を残すべきではない不良と決めつけた「差別」に基づく「拷問」に他ならない。


3 自由権規約

 さらに、「拷問」は以下の自由権規約7条[1]にも反している。

「自由権規約第7条:何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けない。特に、何人も、その自由な同意なしに医学的又は科学的実験を受けない。」

 控訴人は、まさに国家から残虐で非人道的で品位を傷つけられる取り扱いを受けたのである。その被害は、単に「自己決定権」を侵害されたのみならず、「拷問」としか表現しようがないすさまじい人権侵害である。


4「強制的、強要的、その他の非自発的な不妊手術をなくすために:合同声明[9]

 加えて、2014年に国連の複数の機関(国連人権高等弁務官事務所、UN Women、国連合同エイズ計画、国連開発計画、国連人口基金、ユニセフ、WHO)が発行した「強制的、強要的、その他の非自発的な不妊手術をなくすために:合同声明[10]」においても、強制不妊手術は、明確に「拷問」と評価されている。

 本意見書に添付する上記合同声明(筆者訳)では、次のように表明されている。

「国際的な人権団体や専門機関は、強制的な人口政策やプログラムを明確に非難し、不妊手術に関する決定は、政府が課す恣意的な要求の対象となってはならないこと、また、そのような治療から人を保護する国家の義務は、医療従事者などの私人がそのような行為を行う場合を含め、私的領域にまで及ぶことを指摘している。…(中略)…不本意な、強要的な、または強制不妊手術は、いかなる形であれ、自律性と身体的統合性の尊重、善行と無加害を含む倫理原則に違反する。


第3 控訴人の強制不妊手術の被害に対する除斥期間適用の排除及び救済の必要性は条約からも導かれること

1 拷問禁止条約

⑴ 拷問禁止条約14条は以下のように定めている。

 「拷問禁止条約14条締約国は、拷問に当たる行為の被害者が救済を受けること及び公正かつ適正な賠償を受ける強制執行可能な権利を有すること(できる限り十分なリハビリテーションに必要な手段が与えられることを含む)を自国の法制において確保する。被害者が拷問に当たる行為の結果死亡した場合には、その被扶養者が賠償を受ける権利を有する。1の規定は、賠償に係る権利であって被害者その他の者が国内法令に基づいて有することのあるものに影響を及ぼすものではない(下線筆者)。」

⑵ また、国連拷問禁止委員会は、一般的意見3[11]において上記14条における拷問の「救済措置」を定め、拷問による被害が、時の経過によって緩和されるものではなく終生続くという人権侵害の性格から、時効は適用されるべきでないことを明確に提示している。


「拷問禁止委員会 一般的意見3(2012年) 締約国による第14条の実施

2. 委員会は、14条における「救済」とは、「効果的な救済措置」及び「補償」の概念を網羅すると考える。したがって、補償という包括的な概念には、原状回復、賠償、リハビリテーション、被害者やその家族の気持ちを満たすための措置(satisfaction)、再発防止の保証を必然的に含み、本条約に基づき違反行為から の救済に必要な全範囲に及ぶ措置を指す。」


「拷問禁止委員会 一般的意見3(2012年) 締約国による第14条の実施

40. 拷問の影響が継続的な性質を有することに照らし、出訴期間の適用によって被害者が救済、補償、リハビリテーションの機会を奪われることになるため、出訴期間は適用されるべきではない。多くの被害者にとって、時間が経過してもその損害は軽減するものではなく、むしろ心的外傷後ストレスで強まることもあり、医療面、心理面、社会面からの支援が必要になるが、これらの支援は救済を得ていない者には利用できないことがしばしばある。締約国は、違反行為が行われた時期や、以前の政権によって又はその承諾のもとに実行されたか否かにかかわらず、拷問又は不当な取扱いを受けたすべての被害者が救済の権利を取得し、救済を得ることができることを確保しなくてはならない。(下線筆者)。」


2 「拷問」である強制不妊手術には除斥期間は適用されないこと

⑴ 上記のとおり、強制不妊手術は、国際条約上類型的に「拷問」に該当するものである。これは、条約に抵触するばかりでなく、国内法による違憲・違法な行為であることは、控訴人に対する札幌地方裁判所の判断でも示されたところである。

⑵ 控訴人は、強制不妊手術を受けた時、未成年者であったことを踏まえると、その「拷問」の人権侵害性は一層顕著であった。

⑶ 控訴人が受けた強制不妊手術が「拷問」に該当する以上、その被害の性格に照らし、人権侵害は終生つづく。そのことは、控訴人が、札幌地方裁判所の裁判の中で、「2年半前、仙台で優生手術されたという女性のことが新聞に出て、私はその新聞を見て…私も、こういうふうに優生手術されて、ものすごい悩んで、それまで私はずっと誰にも言わないで57年間、だけど、妻に話して…私も、今度、頑張って名前を出して、国がこういうことをしたということは本当悪いことで、人生を奪ってるんですからね、本当にね。」(小島さんの地裁調書10―11頁)として、「ずっと誰にも言わないで57年間」、「人生を奪ってる」といった言葉で、述べていたところである。

⑷ 控訴人が受けた人権侵害は、まさに「拷問」に該当する。

強制不妊手術が「拷問」に該当すること、そして、控訴人が受けた人権侵害の内実を踏まえるなら、時効や除斥期間の適用を受けないことはもちろん、それらの適用を受けるべきではないことは、権利侵害の実態からもおのずと明らかである。


第4 控訴人のリプロダクティブ・ヘルス&ライツが今現在も奪われていること

1 控訴人が現在も権利侵害を受けていること

前述したとおり、リプロダクティブ・ライツは、「すべての夫婦および個人が、子どもの数、間隔、時期を自由かつ責任を持って決定し、そのための情報と手段を得るという基本的な権利と、最高水準の性と生殖に関する健康を得る権利を認識すること」と定義されているが、国は、そこに示されている控訴人の3つの複合的な権利、すなわち、生殖に関する自己決定権、性と生殖に関する情報及びサービスにアクセスする権利、最高水準の性と生殖に関する健康を最大限享受する権利を、現在まで侵害し続けている。

 さらに敷衍すると、国は、旧優生保護法を「根拠」として、当時未成年であった控訴人に強制不妊手術を行うという非人道的な行為を行った(「児童の権利に関する条約」第37条で確保すべきだとされる「いかなる児童も、拷問又は他の残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けないこと」にも反している[12])。加えて、国は、控訴人に対して、旧優生保護法の要件さえ満たさない違憲・違法な強制不妊手術を犯した。(国家による犯罪行為であり、かつ「拷問」に該当する行為である。)それにも拘わらず、国は、控訴人に対して犯した違憲・違法な行為に対して、現在まで何も対応せず、この訴訟の中でさえ、違憲行為であったことを認めることなく、控訴人の生存の基盤である人格権、平等権、生存権などを網羅する憲法上の権利を侵し続け、その回復・救済措置を一切とることなく放置するという不作為を継続している。かかる国の一連の行為によって、控訴人は、まさに人生を奪われる被害を現在なお受け続けているのである。 


2 控訴人のリプロダクティブ・ライツへの重大な侵害の継続

⑴ このように、控訴人は「自由」に関しても多大な侵害を受けたが、もう一方の「権利(エンタイトルメント)」についても甚大な被害を受けている。

以下では、控訴人が、「経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会」の社会権規約に関する一般的意見第14に示された「到達可能な最高水準の健康を享受するために平等な機会を与える健康保護の制度に対する権利」も侵害されていたことを明らかにする。

⑵ 国が控訴人の被害を長いあいだ認識せず、認識してからも救済策を取ろうとしてこなかったことにより、控訴人は本来受けられたかもしれない原状回復の可能性を断たれた。それにより、精神的な被害を受け続けることにもなった。国は1990年代初頭から強制不妊手術の問題性を把握していたにもかかわらず、被害者の把握や被害者への情報提供を怠り続けた。

 このため、1970年代から日本国内でも行われていた「精管再建手術」や「精路通過障害」の治療や1990年代には実現していたTESE(精巣内精子生検採取法)を用いた顕微授精などの情報や手段を控訴人は知ることもできず、強制された不妊の状態を治療する機会なども奪われ続けた[13]

⑶ さらに、国が旧優生保護法の問題に気づいてからも真摯に救済策を取らなかったことにより、控訴人は精神的苦悩と社会的な差別に苦しめられてきた。長年にわたって自分の身に起きた被害を誰にも話せなかったことから、控訴人を含めたすべての被害者にとって「強制不妊手術を行われた」こと自体がスティグマであったことは間違いないことである。そして、そのスティグマは今現在も続いている。

⑷ 全国優生保護法被害弁護団の「一時金支給法成立から1年にあたり、国に対し同法の改正等を求める弁護団声明[14]」によれば、「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律)(以下「一時金支給法」とする)の対象となる被害者は2万5000人だが、支給認定は2020年3月末現在でわずか529件、相談件数も3840件、請求受付件数も890件にとどまっているという。

 このようにそもそも被害申し出が少ない原因について、同弁護団は次のように指摘している。


「旧優生保護法が優生手術の対象となるのは「不良な子孫」であるとしていたことから、優生手術被害者及びその家族は、国から「不良な子孫」という認定がされたことになっている。しかし、一時金支給法には「国の謝罪」が明記されず、また、同法21条で行うとされている旧優生保護法に基づく優生手術等に関する調査も実施されていない。このような現状で、国からの「不良な子孫」という「スティグマ(烙印)」は、被害者及びその家族が旧優生保護法による被害を申し出ることができない大きな原因になっている。」


 ⑸ 国の謝罪や調査が十分適切に行われず、「被害」が明らかにされていないために、スティグマは今も続いているのであり、被害者たちは今現在も精神的に苦しめられ、社会的に差別され続けているのである。

 国の不作為によってこの被害は「過去」にはなっておらず、除斥期間をもって賠償の可能性を排除することはできない。

⑹ そのことは、先にも示した拷問禁止委員会の一般的意見第3からも明らかである。


「拷問禁止委員会 一般的意見3(2012年) 締約国による第14条の実施

40.拷問の影響が継続的な性質を有することに照らし、出訴期間の適用によって被害者が救済、補償、リハビリテーションの機会を奪われることになるため、出訴期間は適用されるべきではない。多くの被害者にとって、時間が経過してもその損害は軽減するものではなく、むしろ心的外傷後ストレスで強まることもあり、医療面、心理面、社会面からの支援が必要になるが、これらの支援は救済を得ていない者には利用できないことがしばしばある。締約国は、違反行為が行われた時期や、以前の政権によって又はその承諾のもとに実行されたか否かにかかわらず、拷問又は不当な取扱いを受けたすべての被害者が救済の権利を取得し、救済を得ることができることを確保しなくてはならない。」


 すなわち、この一般的意見は「拷問の効果の継続的な性格」を理由として拷問の被害者から、時効を理由に救済を奪うことは出来ないと指摘している。これはまさに拷問の被害の効果は継続的な性質を有しており、時の経過を理由に救済を怠ることが許されないことを端的に示している。

⑺ さらに、控訴人は「子どもを作れない身体」であることにも苦しめられたのではないだろうか。日本では不妊治療中の男性に関する心理学的な調査はあまり進んでいないが、海外では男性にとって不妊症であるとの診断は、「人生で最も過酷な打撃、最悪のニュース」になりうるし、「不能感」を覚え、「男らしさ」の感覚が脅かされ、疎外感やパートナーへの罪悪感の原因にもなるという[15]

 控訴人の場合は、上述のスティグマのために配偶者に対して長年「隠していた」ことへの後ろめたさや引け目もあったに違いない。そもそもの「強制不妊手術」がなければ、控訴人はこのような精神的苦悩を抱えることもなかったのである。

⑻ このように、人権侵害について国家が十分な謝罪や救済策を取ってこなかったことにより控訴人はいわば人格権を損なわれ続け(侮辱され続け)ているのであり、さらに、精神的健康も社会的健康も侵害されている。

 その侵害による苦痛は今現在も続いているのであり、これについて、国や司法が除斥期間を盾に、被害者の損害賠償を退けることは、国家の存続意義の根幹にかかわる背理であり、到底許されないことである。

⑼ つまり、本件において考えるべきなのは、国の不作為のために控訴人が「今、現在、なおも苦しんでいる」ことへの国の応答責任なのである。

控訴人が自らの意思に反した優生手術を強制的に行われたことで、リプロダクションに関する自己決定権を侵害されたということは明らかで、その点について国も明確には争わない。

 もっとも、国賠訴訟において国の側は除斥期間を理由に賠償請求権を否定してきたのは、被害が生じたのは「過去」のある一点であるとのみ見ているためである。控訴人の場合は「当時の法に照らして合法的」に優生手術が行われたわけですらない。厳密な意味での優生保護法の優生手術の対象者ではないにもかかわらず、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」ための強制手術の対象にされたということは明らかに「差別」であり、憲法第14条に照らして人権侵害であるとともに、その行為は「合法的」ではなく不当な「拷問」だったのである。

⑽ 優生思想に基づく強制不妊手術が人権侵害であり、拷問であるという見解は男性捕虜に対する戦時性暴力の研究でも明らかにされてきた。捕虜になった男性兵士に大きな社会的烙印と恥辱を与えるために、去勢したり、性機能を失わせたり、性暴力の加害を加える事例が明らかにされてきた[16]

 そのような男性に対する性的暴力は、性暴力の文脈で捉えるよりも、「拷問」として扱われることが多い。そして今や優生思想にもとづく強制的不妊手術も、今や国連レベルでは「拷問」と認識されていることは、既に詳述した。

⑾ さらに、前記した2014年に国連の複数の機関(国連人権高等弁務官事務所、UN Women、国連合同エイズ計画、国連開発計画、国連人口基金、ユニセフ、WHO)が発行した「強制的、強要的、その他の非自発的な不妊手術をなくすために:合同声明[17]」において、強制不妊手術はまさに「拷問」として、以下の救済策と救済措置が必要であることが明記されている。

・ 過去または現在の強制的な不妊手術の政策、パターンまたは慣行を認識し、これらの慣行に対する救済の権利の構成要素として、被害者に対して遺憾の意または謝罪の声明を発表する。

・ 強制的な不妊手術を受け、その状況を知らない人々に、適切かつ人道的な方法で通知を行い、行政的・司法的な救済を求める可能性について情報を提供する。

・ 強制不妊手術に関するすべての事件を、被疑者の適正手続きを保証した上で、迅速かつ独立して公平に調査し、責任の所在が明らかになった場合には適切な制裁を行うこと。

・ 強制的、強要的、非自発的な不妊手術を受けたすべての人に、行政的、司法的な救済メカニズム、救済、賠償へのアクセスを、法律扶助を含めて提供する。大人が子どもや幼児の頃に受けた不妊治療の救済を求めることができるようにする。

・ 強制的、抑圧的、あるいは非自発的な不妊手術を受けた人が、可能であればその取り消し手続きや生殖補助技術を利用できるようにする。


 日本では、今なお、上記のような謝罪や実態解明、救済策が実質的にとられているとはいいがたい状況にある。

⑿ この点、国連は、前述した社会権規約に関する一般的意見書において、次のような指摘を行っていることが重視されるべきである[18]


「64. 国家は、すべての個人に対し、性と生殖に関する健康に対する権利が侵害された場合における司法及び優位かつ効果的な救済へのアクセスを保障しなければならない。救済には、適切、効果的かつ迅速な補償(適宜、原状回復、損害賠償、名誉回復、履行及び再発防止の保障の形による。)が含まれるが、これらに限定されない。救済を求める権利を効果的に行使するには、司法へのアクセス、及び上記のような救済手段が存在することに関する情報へのアクセスのために資金を供給することが必要である。また、性と生殖に関する健康に対する権利が、法律及び政策に規定され、国家レベルでの司法判断に適した状態となっていること、また、これらの権利が強制可能であることを裁判官、検察官及び弁護士が認識していることも重要である。第三者が性と生殖に関する健康に対する権利を侵害した場合、国家は、かかる侵害の捜査及び訴追が行われるよう徹底するとともに、かかる侵害の被害者が救済を受け、加害者が責任を負うよう徹底しなければならない。」


3 各国の対応・謝罪や