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【提言】中絶薬の承認時に実現すべきこと(改訂2版)2021.12.14

更新日:2022年2月8日

2021年12月14日

RHRリテラシー研究所

代表 塚原久美

https://www.rhr-literacy-lab.net/

rhr.lit.lab@gmail.com



提言:中絶薬の承認時に実現すべきこと-改訂2版
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前文


 2021年4月21日、日本においてイギリスのラインファーマ社の人工妊娠中絶薬(ミフェプリストンとミソプロストールのコンビ薬のことで、以下、「中絶薬」とする)の治験が行われ、近く承認申請が行われると毎日新聞が報じた。11月21日、ラインファーマ社が年内にも中絶薬の承認申請を行う方針を固めたと読売新聞が報じた。

 これらの報道を受け、以下、中絶薬の承認時に実現すべきことを提言し、その理由を説明する。



提言


1.中絶薬は速やかに承認すべきである。


 中絶薬は、人口妊娠中絶(以下「中絶」とする)を必要とする女性にとって特に重要なリプロダクティブ・ヘルス&ライツ(性と生殖に関する健康と権利:以下RHRと略す)の要である。日本も締約国である世界人権宣言、国連経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約または社会権規約)、国連市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約または自由権規約)、国連女性差別撤廃条約等に基づいて、国家には「女性の健康と権利を守る」義務がある。また、科学的進歩を享受する権利保障という観点からも、過去20年間に安全性と有効性が十二分に確証されており、「安全な中絶」方法としてWHOが必須医薬品中核(コア)リストにまで収載するようになった中絶薬は速やかに導入しなければならない。


2.中絶薬は必要とするすべての人が使えるようにすべきである。


 世界の中絶薬の平均価格は約780円である。日本でも手ごろな価格設定にする必要があり、不相応に高い価格設定がなされないよう国家は監視していく必要がある。可能であれば、経済的に困窮している者や若者に無償提供したり、それ以外の人々にも健康保険を適用するなど、平等の原則に基づいてこの薬を必要とするすべての国民の手に届くような形で提供していく施策を取るべきである。


3.刑法の自己堕胎罪と母体保護法の配偶者同意要件は廃止すべきである。


 刑法の自己堕胎罪と母体保護法の配偶者同意要件は、中絶を必要とする女性や少女たちを不当に苦しめ、社会的なスティグマの源泉にもなっており、安全かつ合法的な中絶にアクセスすることを否定する障壁にもなっている。社会権規約の一般的意見第22号ならびに自由権規約の一般的意見第36号、女性差別撤廃条約2016年3月の総括所見の勧告第39号に従って、刑法の自己堕胎罪と母体保護法の配偶者同意要件は即刻廃止すべきである。


4.遠隔医療を用いた自己管理中絶を導入すべきである。


 遠隔医療とは電話やインターネット回線を通じて医療提供者が中絶を望む当人を診察し、適切な場合には、超音波診断による妊娠確定検査を行うことなくオンラインで薬を処方し、郵送等を通じて患者の元に届ける医療のことである。これにより中絶を望む女性は自己管理で中絶薬を自宅で服用できる(これを「自己管理中絶」という)。遠隔医療を用いた自己管理中絶は、中絶を行う時期が早期化されるため女性の健康をより良く守ることができ、プライバシーも守られるなどの利点がある。COVID-19などのパンデミックの際には、必須で時間を待てない中絶医療を提供し続け、逼迫する医療の負担を減らし、感染リスクを引き下げるためにも有効であることが確認されている。


5.母体保護法指定医師以外の医療者も中絶薬を扱えるように法改正すべきである。


 妊娠初期の中絶薬の処方や管理、吸引処置の実施は、中間レベルの医療者でも十分行える医療であることは、科学的エビデンスに基づく事実である。指定医師のみに中絶の実施を許可している現行制度は、結果的に女性の健康を守ることになっていないばかりか、中絶医療にアクセスする際の障壁にすらなっているため、抜本的に見直す必要がある。


 以下では、この提言の理由についてより詳しく説明する。



RHRと中絶


 RHRは、女性と少女にとってとりわけ重要な人権である。この概念が国際社会に登場したのは、1994年にエジプトのカイロで開かれた国際人口開発会議(カイロ会議)であり、その成果文書の中でRHRは詳細に定義された。そこでは、RHRはリプロダクションにまつわる自己決定権と、リプロダクションにまつわる医療ケアを受ける権利という、それぞれ国際人権規約の自由権と社会権(特に健康権)に相応する二つの人権を核として、数々の人権文書の中ですでに保障されてきた多様な権利にまたがるものとして位置付けられている。

 RHRは1995年に北京で開かれた第四回世界女性会議(北京会議)でも追認され、その成果文書の中で、女性にとってとりわけ重要な人権の要素として確認された。ただし、カイロ会議と北京会議、ならびに以後5年ごとに行われてきたそれぞれのフォローアップ会議において、中絶は「性と生殖のヘルスケア」という枠組みの中に入ると理解されながらも、中絶に反対する諸国の抵抗を受け、成果文書の中に「中絶の権利」が明記されてはこなかった。

 一方、日本ではRHRはほとんど知られてなく、社会制度に反映されてもいない。2019年5月に仙台地方裁判所は、旧優生保護法の下、強制不妊手術を受けた原告が国に対して損害賠償を求めた訴訟への判決の中で、「子を産み育てるかどうかを意思決定する権利(リプロダクティブ権)が侵害された」としたが、そこで問題とされたのは「自己決定権」すなわち「自由権」の側面のみであった。国際法においては、社会権や健康権としてのリプロダクションにまつわる医療ケアを保障される権利は、「リプロダクティブ・ライツ[1]」のもう一つの重要な核である。

 一方、国連内部では、過去10年間にめざましい議論の進展があり、その結果、2016年には社会権規約に、2019年には自由権規約に、それぞれ一般的意見として「女性と少女の中絶の権利」が書き込まれることになった。以下、それらの進展について概説する。


RHRと女性の身体の変化

 RHRの背景には、人間社会の変化と共に女性の身体に劇的な変化が起きたという事実が横たわっている。約100年前の女性は、初経がきたらほどなく嫁ぎ、数人の子どもを産み、それぞれ母乳育児で数年育て、母乳をやめると再び月経が来て妊娠することをくりかえし、閉経を待たずに40代で亡くなるというのが標準的な生き方だったと言われる。授乳中はたいてい月経が止まるので、生涯に経験する月経周期はせいぜい50回だった。

 ところが20世紀に入って、栄養状態の改善で初経は早まり、未婚での性経験は当たり前になり、婚姻は遅くなり、子どもは産んでもせいぜい2人で、母乳育児は1年程度で「卒乳」したり、早くから人工栄養で育てたりする人も少なくないため、産後に月経が戻って来るのも早まっている。その結果、現代女性の生涯に経験する月経周期は450回と、100年前の9倍にもなったのである。そして何より寿命が延びたために、女性の人生は「出産と育児」で振り回される時間より、子育て以外の活動に費やす時間の方がはるかに長くなっている。

 このように20世紀の社会の変化はあまりに早すぎて、女性の身体の進化は間に合っていない。子宮内膜症が増えたのも、月経回数が急激に増えたためだと言われる。同様に、現代女性にとって「望まないタイミングでの妊娠」が起きる可能性は100年前に比べて劇的に増えてしまった。いわば望まない妊娠は「現代病」のようなものなのである。

 この変化を考えると、現代女性にとって避妊と中絶はまさに秘跡であり、自分の妊孕性を管理するために不可欠な医療になっている。女性たちが権利としての避妊と中絶を主張するようになった裏には、このような身体的な変化もある。


人権規約と中絶の権利


社会権規約

 2016年に経済的、社会的、文化的権利委員会は、いわゆる社会権規約の第12条(性と生殖に関する健康権)に関する一般的意見[2]第22号において「女性の健康を守ることは国家の義務」として多様な内容の勧告を行っている。その中の28条に女性と少女の権利として「中絶」サービスを受けられるよう保障しなければならないことが明記された。以下、一部抜粋して紹介する(下線は筆者による)。


28. 法と実践の両面において、女性の権利とジェンダー平等を実現するためには、性と生殖に関する健康の分野における差別的な法律、政策、慣行を廃止または改革することが必要である。包括的な性と生殖に関する健康サービス、商品、教育、情報への女性のアクセスを妨げるすべての障壁の除去が必要になる。妊産婦の死亡率と罹患率を低下させるためには、農村部や遠隔地を含めた緊急産科医療と熟練した出産の介助、そして安全でない中絶の防止が必要である。意図しない妊娠や安全でない中絶を防ぐためには、すべての人に安価で安全かつ効果的な避妊具へのアクセスを保障し、青少年を含む包括的な性教育を行うための法的及び政策的措置を採用すること、制限の多い中絶法を自由化すること、医療従事者の訓練を含め、女性と少女が安全な中絶サービスと質の高い中絶後のケアを受けられることを保障すること、そして女性が自らの性と生殖に関する健康について自律的に決定する権利を尊重する必要がある。[3]

 この社会権規約一般的意見22に照らすと、安全な中絶である中絶薬を単に承認するだけでは不十分であり、必要とするすべての人に対して物理的・心理的・経済的な障壁なく利用可能にする(たとえば性教育で知識を与えておき、遠隔医療を通じて、どこにいても、誰でも、多大な経済的な負担なく入手できるようにする)と同時に、「中絶を犯罪化している法律を撤廃」していくことが重要になる。中絶薬を女性の健康と権利を保障する形で導入していくためには、幅広い制度の見直しが求められているのである。


自由権規約と中絶

 一方、2014年に国連自由権規約人権委員会は、自由権規約の第6条(生命に対する権利)の遵守および実施に関するレビューを通じて得られた経験、および選択議定書に基づく通報に関する裁定や関連問題に関する一般的意見の採択に関する法理などに照らして、自由権規約第6条に関する新しい一般的意見を作成することを決定した[4]。目的を達成するために新たに委員会が作られ、様々なレベルでの各国調査やその報告が行われ、人権委員会内部でも案文を巡る激しい議論が繰り返された。

 特に目を引くのは、胎児に女性と同等の権利を与えていたアイルランドの憲法修正8条による中絶禁止を巡る議論である。最終的に人権委員会は、アイルランドの中絶禁止は自由権規約の第7条(拷問禁止)、同第17条(プライバシー権)、同26条(平等権)に抵触すると判断するに至った。一方でアイルランド国内でも議論が活性化し、2018年に国民投票が行われた結果、胎児の権利を明記していた憲法修正第8条が撤廃され、堕胎罪はなくなった。その後も、同様の議論を経て、ニュージーランド(2020年)、アルゼンチン(2020年)、メキシコ(2021年)で堕胎罪の廃止もしくは中絶の合法化が行われた。

 国連人権委員会でも、中絶に反対する人々と人権擁護派のあいだで激しい議論が行われたが、最終的に、国際条約における「人権」は生まれた人のみに与えられる(胎児は人権保有者ではない)という結論に落ち着いた。その結果、2019年にいわゆる自由権規約の第6条(生命に対する権利)に関する一般的意見第36号において、女性と少女の中絶に関するオートノミーが明示され、さらに自由権規約第7条(拷問禁止)、同第17条(プライバシー権)、同26条(平等権)に反してはならないことも明示されたのである。

 以下に、該当する部分を抜粋して引用する。(下線は筆者による。)


8.締約国は、自主的な妊娠中絶を規制するための措置を採用することは可能であるが、……妊娠中絶を求める女性又は少女の能力に対する制限は、とりわけ、彼女たちの生命を危険にさらし、あるいは彼女たちに第7条に違反する肉体的又は精神的な苦痛や苦しみを与え、彼女達を差別し、彼女らのプライバシーに対する恣意的な干渉となるようなものであってはならない。……締約国は、妊娠中の女性又は少女の生命及び健康が危険に曝される状況、又は妊娠を予定日まで継続することが妊娠中の女性又は少女に相当の苦痛や苦しみを引き起こすような状況……下における妊娠中の女性又は少女に対して、安全かつ合法的、効果的な妊娠中絶へのアクセスを提供しなければならない。
 加えて、締約国は、女性又は少女が安全でない妊娠中絶に頼る必要がないように配慮しなければならない義務を負うのであり……締約国はその中絶に関する法律を改正しなければならない。
 締約国は、安全かつ合法的な中絶に対して女性又は少女が効果的にアクセスすることを否