国連社会権規約委員会一般勧告22 第12条:性と生殖に関する健康に対する権利
更新日:2022年7月26日
国際連合 経済社会理事会(Economic and Social Council)配布:一般
2016年5月2日
原文:英語
(日本弁護士連合会訳をもとに一部改訳)
経済的、社会的及び文化的権利委員会
I. イントロダクション
1. 性と生殖に関する健康に対する権利(the right to sexual and reproductive health)は、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約の第12条に規定されている「健康を享受する権利」の重要な一部を成すものである[1]。性と生殖に関する健康に対する権利は、他の国際人権文書にも反映されている[2]。人権の枠組みにおける性と生殖に関する健康の問題は、1994年に「国際人口開発会議行動計画」が採択されたことにより、さらに強調された[3]。これ以降、性と生殖に関する健康に対する権利についての国際的・地域的な人権基準及び判例は、大きく発展した。最近では、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に、性と生殖に関する健康の分野において達成すべき目標とターゲットが盛り込まれている[4]。
2. 性及び生殖に関する健康のための様々な施設、サービス、物資及び情報へのアクセスは、多くの法的、手続的、慣習的及び社会的な障壁により著しく制限されている。実際に、全世界の数百万人の人々(特に女性と少女)にとって、性と生殖の健康に対する権利を十分に享受することは、依然として遠い目標である。法律上・事実上の排除を深刻化させる複合的・交差的な差別の対象となっている個人や集団(例:レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、インターセックスの人々[5]、障がい者)による性と生殖に関する健康に対する権利の享受は、さらに制限されている。
3. 本一般勧告は、締約国による規約の実施と、規約に基づく報告義務の遵守を支援するべく作成された。本一般勧告は、主として、すべての個人が性と生殖に関する健康に対する権利を享受できるよう保障する締約国の義務(規約第12条において義務付けられているもの)を扱うものであるが、規約中のその他の条項にも関係する。
4. 当委員会は、すでに、到達可能な最高水準の健康に対する権利(経済的、社会的および文化的権利に関する国際規約第12条)に関する一般勧告第14 (2000)において、性と生殖に関する健康の問題を部分的に扱った。しかし、この権利に対する深刻な侵害が継続していることを踏まえると、当委員会は、この問題について、個別に意見一般勧告を出すべきであると考える。
II. 背景
5. 性と生殖に関する健康に対する権利には、様々な自由(freedom)と権利(entitlement)が含まれる。上記の自由には、暴力、強制及び差別を受けることなく、自分の身体や、性と生殖に関する健康に関する事項について、自由に責任ある決定及び選択を行う権利が含まれる。また、上記の権利には、妨害を受けることなく、健康に関する様々な施設、物資、サービスおよび情報にアクセスする権利が含まれる(これにより、規約第12条に基づく性と生殖に関する健康に対する権利の十分な享受が、すべての人に保障される。)。
6. 性の健康(sexual health)と生殖の健康(reproductive health)は、互いに区別されるが、同時に、密接に関係している。性の健康は、世界保健機関(WHO)が定義するように、「セクシャリティに関し、身体的、感情的、精神的、そして社会的に良好な状態(well-being)にあること」[6]を意味する。生殖の健康とは、国際人口開発会議行動計画で説明されているように、生殖能力、及び十分な情報に基づく自由かつ責任ある決定に関するものである。これには、個人が、自分の生殖行動に関し、十分な情報に基づき自由に責任ある決定を行うことを可能にするために、生殖の健康に関わる様々な情報、物資、施設及びサービスにアクセスすることも含まれる[7]。
基礎的決定要因及び社会的決定要因
7. 当委員会は、一般勧告第14において、到達可能な最高水準の健康に対する権利は、単に疾病・疾患がないことや、予防的、治療的及び緩和的な健康サービスを受ける権利に限られるものではなく、健康の基礎的決定要因(underlying determinants of health)にも及ぶと述べた。これは、性と生殖に関する健康にも当てはまる。性と生殖に関する健康は、性と生殖に関する医療のみならず、性と生殖に関する健康に関する基礎的決定要因にも及ぶ。これには、安全な飲用水、十分な衛生設備、十分な食料・栄養、適切な住居、安全で健康的な労働条件・労働環境、健康に関する教育・情報、並びにあらゆる形態の暴力、拷問、差別及び性と生殖に関する健康に悪影響を与えるその他の人権侵害からの効果的な保護へのアクセスが含まれる。
8. また、性と生殖に関する健康は、WHOが定義する「健康の社会的な決定要因(social determinants of health)」[8]にも強く影響される。どの国でも、性と生殖に関する健康の有り様には、一般的に、ジェンダー、民族的出自、年齢、障がい及びその他の要因に基づく社会的不平等や権力の不平等な配分が反映されている。貧困、所得格差、及び当委員会が明示した根拠に基づく構造的な差別・疎外は、いずれも性と生殖に関する健康の社会的決定要因であり、これは他の様々な権利の享受にも影響を与える[9]。こうした社会的要因(これらは、法律や政策で明示されていることが多い。)の本質は、個人が自分の性と生殖に関する健康について行使しうる選択権を制限する。したがって、締約国は、性と生殖に関する健康に関する権利を実現するため、法律、制度的取決め及び社会的慣行に明白に表れている、個人の性と生殖に関する健康の実効的な享受を阻害する社会的要因に対処しなければならない。
他の人権との相互依存性
9. 性と生殖に関する健康に対する権利を実現するには、締約国が、規約の他の条項に基づく義務を果たすことも必要である。例えば、教育に対する権利(第13条及び第14条)、差別を受けない権利及び男女間の平等に対する権利(第2条第2講及び第3条)も相まって、性と生殖に関する健康に対する権利には、セクシャリティと生殖に関する教育(包括的、非差別的であり、エビデンスに基づいており、科学的に正確であり、かつ年齢に適した教育)を受ける権利が必然的に含まれる[10]。また、性と生殖に関する健康に対する権利は、労働の権利(第6条)、公正かつ良好な労働条件を享受する権利(第7条)、差別を受けない権利及び男女間の平等に対する権利と相まって、労働者(移民労働者や障がいを持った女性など、弱い立場にある労働者を含む。)のための母性保護及び育児休暇が保障された雇用を確保すること、職場でのセクシャル・ハラスメントからの保護を確保すること、さらに妊娠、出産、親であること[11]、性的指向、性自認又はインターセックスであることを理由として差別の禁止を徹底することを国家に要求する。
10. また、性と生殖に関する健康に対する権利は、他の人権と不可分であると同時に、他の人権と相互依存の関係にある。この権利は、生存権等の市民的・政治的権利(これは、個人の身体的・精神的な完全性(integrity)及び自立性の土台を成す。)、人身の自由及び安全、拷問及びその他の残虐、非人道的又は侮辱的な取扱いからの自由、プライバシー及び家庭生活の尊重、並びに差別の禁止及び平等と密接に関連している。例えば、産科救急ケアサービスの不存在や妊娠中絶の拒否は、しばしば妊産婦の死亡及び罹病をもたらすが、これらは、ひいては生存権又は安全に対する権利を侵害するものであり、場合によっては、拷問又は残虐、非人道的もしくは侮辱的な取扱いに該当する可能性もある[12]。
III. 性と生殖に関する健康に対する権利の規範内容
A. 性と生殖に関する健康に対する権利の諸要素
11. 性と生殖に関する健康に対する権利は、到達可能な最高水準の身体的及び精神的健康に対する権利の重要な要素である。当委員会の一般勧告第14での考察を踏まえると、性と生殖に関する健康には、相互依存的な以下の4つの本質的要素が含まれる[13]。
利用可能性
12. できる限り幅広い性と生殖に関する医療を人々に提供するため、十分な数の機能的な医療施設、医療サービス、医療物資及び医療プログラムの利用が可能であるべきである。これには、性と生殖に関する健康に対する権利を実現する基礎的決定要因を保障する、施設、物資及びサービス(例)安全な飲用水、十分な衛生設備、病院、診療所)の利用可能性を確保することが含まれる。
13. 訓練を受けた医療関係者及び専門職員、並びに性と生殖に関する医療サービスを提供する訓練を受けた医療提供者の利用可能性を確保することは、利用可能性の確保における極めて重要な要素である[14]。また、必須医薬品の入手も可能であるべきである。これには、様々な避妊法(例:コンドーム、緊急避妊、妊娠中絶薬、妊娠中絶後のケア用の医薬品)、並びに性感染症及びHIVの予防・治療用の医薬品(ジェネリック医薬品を含む。)が含まれる[15]。
14.イデオロギーに基づく政策又は慣行により、物資及びサービスの利用が不可能であるために(例:良心によるサービス提供の拒絶)、サービスへのアクセスが妨げられることがあってはならない。合理的な地理的範囲内にある公的施設及び私的施設の両方に、こうしたサービスを提供する意思と能力を有する十分な人数の医療提供者が常に待機しているべきである[16]。
アクセス可能性
15. すべての個人及び集団が、差別を受けることなく、また障壁に妨げられることなく、性と生殖に関する医療に関連する医療施設、物資、情報及びサービス[17]にアクセスすることができるべきである。当委員会の一般勧告第14で検討されているように、アクセス可能性には、物理的アクセス可能性、経済的アクセス可能性及び情報へのアクセス可能性が含まれる。
物理的アクセス可能性
16. 性と生殖に関する医療に関連する医療施設、物資、情報及びサービスは、これを必要とする人が適時にサービスや情報を受領することができるよう、すべての人にとって、安全に足を運ぶことのできる物理的・地理的範囲で入手することが可能でなければならない。物理的アクセス可能性は、すべての人、特に、不利な状況に置かれ、疎外された集団に属する人(農村部及び僻地に住んでいる人々、障がい者、難民及び国内避難民、無国籍者並びに被拘禁者を含むが、これらに限定されない。)に保障されるべきである。性と生殖に関するサービスを僻地に配置することが不可能な場合は、実質的平等の見地から、こうしたサービスを必要とする人々に、当該サービスにアクセスするための通信手段と移動手段を保障する積極的措置が必要となる。
経済的アクセス可能性
17.性と生殖に関する健康のための公的又は私的なサーアビスは、すべての人に負担可能な金額で提供されなければならない。必須の物品およびサービス(性と生殖に関する健康の基礎的決定要因に関するものを含む。)は、個人や家庭に過度な医療費負担が生じないよう、無償で、または平等の原則に基づいて、提供されなければならない。十分な資力を持たない人々には、健康保険料並びに性と生殖に関する健康についての情報、物資及びサービスを提供する医療施設へのアクセス費用を賄うために必要な支援が与えられるべきである[18]。
情報へのアクセス可能性
18. 情報へのアクセス可能性には、性と生殖に関する健康に関する一般的問題についての情報及び意見を求め、入手し、広める権利、及び個人が自らの健康状態に関する具体的情報を得る権利が含まれる。すべての個人及び集団(青少年及び若者を含む。)が、性と生殖に関する健康のあらゆる側面に関し(母体の健康、避妊薬・避妊具、家族計画、性感染症、HIV予防、安全な妊娠中絶及び妊娠中絶後のケア、不妊及び妊孕性に関するオプション並びに生殖器のがんを含む。)、エビデンスに基づいた情報を得る権利を有する。
19. こうした情報は、年齢、ジェンダー、言語能力、教育レベル、障がい、性的指向、性自認及びインターセックスであるか否かといった点を考慮しつつ、個人及びコミュニティのニーズに即した方法で提供しなければならない[19]。情報へのアクセス可能性により、個人の健康データ及び健康情報の取扱いにおいてプライバシー及び秘密性が尊重される権利が害されるべきではない。
受容可能性
20. 性と生殖に関する健康に関連するすべての施設、物資、情報及びサービスは、個人、マイノリティ、民族およびコミュニティの文化を尊重したものでなければならず、かつ、ジェンダー、年齢、障がい、性的多様性及びライフサイクルに応じた需要に配慮したものでなければならない。ただし、これを、特定の集団に合わせた施設、物資、情報及びサービスを当該集団に提供することを拒絶する正当化理由にしてはならない。
質
21.性と生殖に関する健康に関連する施設、物資、情報及びサービスは、良質のもの(つまり、エビデンスに基づいており、科学的及びイラク的に適切かつ最新のもの)でなければならない。これには、訓練を受け、技術を持つ医療関係者、並びに科学的に認められた有効期限内の医薬品及び設備