内閣府男女共同参画局が、来年の「北京+30(第四回世界女性会議=通称「北京会議」から30周年目の会議)」に向けて意見募集していたのに対し、RHRリテラシー研究所代表名で以下の意見を出しました。
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【固定的な性別役割分業の見直しについて】
日本は1995年の北京会議の北京宣言で、「女性及び男性の平等な権利及び本来的な人間の尊厳並びにその他の目的及び原則,世界人権宣言その他の国際人権文書,殊に『女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約』及び『児童の権利に関する条約』並びに『女性に対する暴力の撤廃に関する宣言』及び『開発の権利に関する宣言』に関して誓約(コミットメント)を再確認し、「あらゆる人権及び基本的自由の不可侵,不可欠かつ不可分な部分として,女性及び女児の人権の完全な実施を保障すること」を誓った。それにも関わらず、過去30年間にわたって女性の地位が男性と同等であるところまで向上した、あるいは改善されているといった実感は国民の側にはほとんどないと言ってよい。
そのことは、世界経済フォーラムにおけるジェンダー・ギャップ(性別による格差)指数がほとんど横ばいであること(第1回調査が行われた2006年の総合スコアは0.645、2023年は0.647)にも現れている。また、他の国々に比してジェンダー平等に向けた取組が不足していることは、同指数における日本のランキングが悪化の一途をたどっていることからも明白である(2006年115ヶ国中79位、2023年146ヶ国中125位。上位から下位へと並べた時の位置(下位何パーセントに入るか)を示すパーセンタイルも、2006年の31%ileから2023年の14%ileへと悪化している。
第5次男女共同参画計画では、政府が「社会のあらゆる分野において、2020 年までに、指導的地位に女性が占める割合が、少なくとも 30%程度となるよう期待する」との目標を2003年に掲げていながら、その目標を達成できなかったことを反省して、「我が国における取組の進展が未だ十分でない要因としては、[1]政治分野において立候補や議員活動と家庭生活との両立が困難なこと、人材育成の機会の不足、候補者や政治家に対するハラスメントが存在すること等、[2]経済分野において女性の採用から管理職・役員へのパイプラインの構築が途上であること、そして、[3]社会全体において固定的な性別役割分担意識や無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)が存在していること等が考えられると総括」している。
上記の[1]については、政治や行政の分野におけるジェンダー・ギャップを減らしていくために、他の国々ではクオータ性やパリテ、ポジティブ・アクションなどを導入し、現に有効であることが確認されている。格差是正のための具体策を投入する程度のことであれば、「閣議決定」ですぐにでも実行可能であるだろう。それを怠っているのでは、「政府にやる気がない」姿勢を世間に振りまくばかりである。[2]については、地方自治体や企業などには男女賃金格差の公表を義務付けながら、実は省庁の6割が民間企業よりも格差が大きいことが2023年9月15日付の「赤旗」明かにされている。これでは模範も示せない。早急に行政内で対策に乗り出すべきである。[3]の固定的な性別役割分担意識の見直しは、日本で少子化への対応を考えるために設けられた初めての会議である内閣総理大臣主催による〈少子化への対応を考える有識者会議〉の1998年12月21日付「夢のある家庭づくりや子育てができる社会を築くために(提言)」でも重視されていた。この提言は、後の少子化対策で繰り返し出てくるテーマのほとんどがすでに提示されていたばかりか、少子化対策とジェンダー平等に向けた対策の関連性が強く意識されていたことを特筆しておきたい。
この提言では、特に環境整備すべき内容として「働き方」「家庭、地域、教育のあり方」「推進体制」の3つを挙げ、最初の二つについてはいずれも「男女の固定的な性別役割分業」の見直しの必要性を真っ先に掲げていた。妊娠・出産は女性にしかできず、その負担ゆえに女性が差別されてきたことを考えれば、少子化対策と女性の地位向上およびジェンダー平等が切り離せないことであるのは言うまでもない。
言い換えれば。出生力の向上は、女性差別の撤廃と共に進めるべきだったのである。2019年の国連人口基金の報告でも、「男女平等主義への移行と男性の家庭への関与強化は、出生率の好転を達成する前提条件」だとしている。
上記有識者会議の提言が公開された翌1999年12月の少子化対策推進基本方針と、同年示された新エンゼルプランでは、「働き方についての固定的な性別役割分業や職場優先の企業風土の是正」を重要な目標として掲げていた。ところが、この路線はほどなく消えることになった。ところが2003年の次世代育成支援対策推進法からは性別役割分業に関する記述は消え、これ以降の少子化対策大綱などにおいても、努力目標的な項目の一つとして「職場における固定的な性別役割分担意識の解消」が挙げられることはあっても、具体的な施策は何も伴っていなかった。2005年には与党自民党が「ジェンダー・バッシング」を率先して行い、「性別役割分業の見直し」の機運はすっかり失われた。その結果として、少子化対策自体も進まなかったのと同時に、女性差別の問題も温存されてきたのである。
しかし、2023年のこども未来戦略方針では、「こども・子育て政策を推進するに当たっては、今も根強い固定的な性別役割分担意識から脱却し、社会全体の意識の変革や働き方改革を正面に据えた総合的な対策をあらゆる政策手段を用いて実施していく必要がある」との認識が再び明記されるようになった。まだ具体策は出てきていないが、今後は「固定的性別役割分担意識」からの脱却に向け、具体的な施策を講じていく必要がある。
少子化対策はもはや手遅れとも言われ、労働力人口の減少をどう補っていくのかは喫緊の課題となっている。そのためにも、女性の能力を開発し、社会によりよく還元していけるような仕組み作りがますます必要とされている。あまりに遅きに失した感は否めないが、何もしないままでは事態は悪化する一方である。遅まきながらも「男女の固定的な性役割分業意識からの脱却」を徹底して実行に移していく必要がある。
【リプロダクティブ・ヘルスケアの導入について】
2023年の広島G7コミュニケには、「我々は、安全で合法な中絶と中絶後のケアへのアクセスへの対応によるものを含む、全ての人の包括的なSRHR を達成することへの完全なコミットメントを再確認する」とある。G7主催国だった日本がこの「我々」の中に入らないとは考えられず、日本は世界の大国の1つとして、「安全で合法な中絶と中絶後のケアへのアクセスへの対応によるものを含む、全ての人の包括的なSRHR(性と生殖の健康と権利)を達成すること」を宣言したことになる。ところが、2023年4月に日本で初めて承認されたミフェプリストンとミソプロストールをパックにした経口中絶薬は、法的に配偶者の同意を受ける必要があるとされ、母体保護法指定医の元で入院または院内待機による服用が義務付けられている。しかも、この薬を用いた中絶は自由診療であるため、医師の心づもりひとつで値段が変わる。日本産婦人科医会は「従来の外科手術と同等の料金」にするのが妥当だと明言しており、この薬を提供しているラインファーマ社のサイトにある「中絶薬について相談できる病院・クリニック」のリストに掲載されている医療施設(中絶を行える母体保護法指定医師がいるとされる医療施設のわずか3%程度にすぎない)のホームページなどで確認すると、12万円~14万円程度の料金に設定しているところが散見され、なかには「薬のみで中絶が完了しない場合」には追加料金5万円で外科的処置が必要としているところもある。その結果、日本の経口中絶薬は「非常に高価でアクセスしづらい薬」になってしまっている現実がある。
この経口中絶薬の第一薬であるミフェプリストンは、世界では1980年代の終わりから承認され始め、2010年には世界50カ国、2020年には90ヵ国で承認されていた。2023年に日本と共にアルゼンチンとニジェールでも「承認」さえており、これで承認国は96ヵ国になった。ただし、2019年から中絶薬の自己管理の試行を行ってきたアルゼンチンは、承認と同時に中絶薬のオンライン処方と自己管理による服薬を始めている。ニジェールも、これまでにミソプロストール(日本で承認された中絶薬パックの第二薬)のみを用いた中絶がすでに広く行われてきたため、2023年のミフェプリストンの承認は薬による中絶の成功率が改善することを意味しており、歓迎されている。
一般に、中絶薬の承認が遅かった国々は、すでに海外でのエビデンスが豊富にあるため、厳しい規制をかけることなく導入している。それに引き換え、日本の扱いはあまりにも異様である。
ミフェプリストンは、フランスで初めて開発され使用されるようになった1988年からすでに40年間も世界で使われている薬であり、ミソプロストールという第二薬との組み合わせるのがベストであり、非常に安全で有効性が高い薬であるとWHOは2003年から太鼓判を押している。2005年にはWHOの必須医薬品リストに掲載されるようになり、2019年には必須中の必須の薬であることを意味する中核(コア)リストに移管された。2020年にCOVID-19のパンデミックの最中には、国際産婦人科連盟が「中絶薬を遠隔医療で用いること(オンライン処方と自宅で当事者による服用)を勧告し、この呼びかけに応えた国々の実態データを元に、1年後には「パンデミックが終了してもこの方法を継続すべき」だという勧告も行っている。日本の非常にアクセスの悪い提供方法は改められるべきである。
同様に、緊急避妊薬についても、2023年末に様々な条件をつけた上で薬局販売試行がようやく始められた。こちらも世界では安全性と有効性が非常に高いと認識されている薬であるが、何年も議論が先送りされてきた。この薬は「緊急」に服用する必要がある(服用が早ければ早いほど効果が上がる)ために、必要な人にアクセスしやすくするために店頭販売するのが世界の常識になっている。WHOでは、常時、携帯しておくことを勧めているほどである。政府がアクセスを阻むことは、人権侵害にあたる。
北京会議では、リプロダクティブ・ヘルス&ライツは女性にとって特に重要な権利であると位置付けられていた。日本政府は「我が国はユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)を達成済み」と海外に吹聴しているが、リプロダクティブ・ヘルスケアはUHCの不可欠な要素だとされている。避妊や中絶を保険適用外の自己負担にしているのでは、UHCは達成できていないことになる。
北京会議から30年も経ち、「先進国」とされてきた日本が、こうしたリプロ領域で他の国々より大きく立ち遅れているのは、まことに由々しき事態である。一方で、出産一時金の額はどんどん値上がりし、政府が支援する不妊治療のコストは莫大に膨らんでいる。これでは、女性の健康と権利よりも、医師の利益を重視しているのではないかと批判されても仕方あるまい。リプロダクティブ・ヘルスケアを受ける権利は基本的人権の一つであり、人権を保障するのは国の義務である。現にイギリス、フランス、アイルランド、カナダなどでは、妊娠しうるからだをもつ個人の人権を保障するために、避妊は無料で提供されており、中絶についても健康保険でカバーするなど、女性の権利を保障するために各国は知恵を絞っている。日本でも改善が必要である。
100年以上も前の家父長制度に基づいた刑法堕胎罪は、早急に見直すべきである。100年ほど前の女性は生涯に50回の月経が訪れていたというが、現代の女性はその9倍の450回の月経を生涯に経験するという。栄養状態がよくなり初経が早まり閉経が遅れていることと、生涯に出産する子の数が減り、母乳を与える期間も短くなっているためだという。言い換えれば、現代の女性は「望まない妊娠」をしやすくなっている。そうした妊娠を防いで当人が「産みたい時に産めるようにする」ためには、避妊と中絶は必須の医療ケアなのである。
今すぐにでも、緊急避妊薬の試験は終わらせてOTC化を進め、経口中絶薬を自宅で服用できるようにすべきである。経口中絶薬の最も大きな利点は「プライバシーが守られる」ことである。薬を服用するために、妊娠6週まで待って「経腟エコー」検査をして妊娠を確認しない限り薬を処方しないというのは、不必要な医療介入によって中絶のタイミングを遅らせるという意味で一種の「産婦人科暴力」であり、人権侵害的である。また、「自然流産」の完了にも有効な薬であるというエビデンスがあるのに、しゃくし定規に「国内治験の結果」がないからと言って流産への援用を認めないことも、一回のミソプロストール服用だけで中絶が完了しなかった場合に、WHOが推奨しているミソプロストールの追加服用を認めないのも道理はない。女性の健康と権利を優先させるべきであり、当人が望まない外科的処置を一律に施すのは非倫理的で、これもまた人権侵害にあたる。
生涯における女性の健康の鍵を握っているのは、リプロの権利の保障であり、その中でも女性のみが経験する「妊娠」にまつわる自己決定権とケアの保障に注視していく必要がある。
状況を変えていくためには、女性のリプロの健康と権利を保障するために、国際的水準のエビデンスを重視し、リプロ領域のケアを必要とする当事者の目線で、できるだけ速やかに、アクセスよく、ケアを提供していく方向に転換していくことである。
【政策立案者に必要な専門教育を】
上記のように提案しても、日本で女性のエンパワーメントや地位向上のための施策がなかなか進んでいかないのは、行政の政策立案者がジェンダーの必要性やリプロの重要性を理解していないことが大きな一因であろう。世界では、ジェンダー平等やリプロの権利を推進するための専門家を養成する様々な研修が考案され、実施されてきた。たとえば、カイロ会議と北京会議の直後に、WHOは保健プログラム・マネジャーのためのトレーニング・カリキュラムの開発に乗り出し、2001年に「保健システムを変革する:リプロダクティブ・ヘルスにおけるジェンダーと権利(1)」を完成させている。集中的に受講しても二週間程度かかるこのトレーニング・マニュアルは、リプロダクティブ・ヘルスを保障するための国内の政策を立案していける人材を養成するために作られたもので、文化も事情も異なる世界の各地で試行されつつ改善されてきたもので、効果のほども検証済みである。こうした研修を実地していくことが、政策を変え、社会を変えていくはずである。
WHOは2002年に『アボーション・ケア・ガイドライン』(2)を発行して、人権に配慮した安全で質の高い中絶ケアの推奨事項を明示した。同時に、法と政策に関する勧告をまとめたエビデンス・ブリーフも発行し、質の高い中絶ケアを可能にする環境を整えるために、国、地域、医療施設レベルで取ることができるステップを例示している。法律、規制、政策、サービス提供の状況は国によって異なっていても、それぞれの置かれた状況からエビデンスに基づいた意思決定を促進できるようになっているという。ユネスコが提供している『国際セクシュアリティ教育ガイダンス(3)』も有名な事例の一つで、年齢に合わせた段階的に進める包括的セクシュアリティ教育を導入できるように詳述されている。
世界の国々は、ここで例に挙げたような国連機関の提供するトレーニング・マニュアルやガイドライン、ガイダンスなどを用いて、人々の人権状況を改善するために日々努力している。女性の人権を守らない国に未来はない。ジェンダー平等を推進し、女性をエンパワーし、女性の地位を向上する方向に今こそ舵を切っていかねばならない。
【最後に】
今後、日本社会が人口的にも経済的にも縮小していくことは間違いない。個々の「女性」をエンパワーし、その秘められた能力をどれだけ引出すことができ、社会で活躍してもらえるのかどうかは、今後の社会で生き続けていく人々の幸福と福祉を決定すると言ってもよいだろう。数の上ではマジョリティである「女性」に取って生きづらい社会は、他のすべてのマイノリティにとっても生きづらい社会になるに違いない。北京会議から30年間、日本の女性たちは育児や介護やケア労働を家庭内で行うことを期待され、家計を保管するパート労働など非正規の仕事で安い労働力を提供することを期待され、あるいは能力のある人は男性並みに働くことを期待され、さらに子どもを産むことも期待されて、すっかり疲弊してしまった。筆者の周辺では、地方住まいの女性たちは女性差別のはなはだしい田舎を嫌って都会に移転し、能力の高い女性たちは力を発揮できない日本を捨てて海外に流出しているケースが非常に目につく。
戦後の日本は「性差別」はないものとされてきたが、実際には今も根深い差別が残っている。30年前の北京会議の頃から、固定的な性別役割分業は見直しが必要であること、リプロの健康と権利の保障が特に女性に取って重要であることは世界で一致した問題意識として掲げられるようになった。国連は文化に深く根を張った各国の価値観を変えていくために働きかけために、様々な方策を取ってきた。人権委員会のUPRや女性差別撤廃委員会、国連特別報告者などに様々な勧告を受けても、国連は「発展途上国」を対承知しているなどとうそぶいて、政府は知らぬ顔をしてきた。しかし、女性のエンパワーメントと地位向上、ジェンダー平等といった価値は、すべての社会に通底すべきものである。謙虚になり、国際社会の基準に合わせていくことが、日本が国際社会の重要な一員として居場所を確保していく道ではないか。それができないようでは、日本は人権意識の低い古臭くて「貧しい国」に転落するだろう。
(1) WHO, Transforming Health Systems: Gender and Rights in Reproductive Health, 2001 (https://iris.who.int/bitstream/handle/10665/67233/WHO_RHR_01.29.pdf?sequence=1)
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